車いすひとり旅通信教育

40代の時勤めていた会社はめちゃくちゃハードでした。

しかしお給料は船舶設計の会社よりずっと恵まれていました。

辛いのは嫌がらせと定時では帰られないこと

いろいろ相談したりもしたのですが改善されなくて

広島大学病院の主治医からドクターストップがかかりました。

あまりにもハードなので心身ともに追いつめられていました。

もう辞めるしかない。そう決断したのはやりたいことに身を置きなさい。というドクターの言葉。

新聞に京都の大学の通信教育のことが載っていて説明会が広島で行われるとの記事

会社がお休みの日だったので説明会に行きました。

障がいがあっても通えるんだろうかと不安を抱きながら

大丈夫と言われてもまだ不安で、結局京都の大学まで直接行ってどんなところか見て、やっと出願の決意。目指す福祉の資格がとれるか心配ながらもやるぞ〜

Pandaは大学を2年で中退していましたからここでは以前の大学の履修証明があれば1〜2回生の期間は免除されます。いきなり3回生の専門科目からのスタートとなりました。

通信教育なんて要領がつかめず、各県支部にはアドバイスをしてくださる先生がいて、また会場で出会った人と友だちになり情報交換をしながら、ひとつずつクリアしていきました。

大量に送られてきたテキストを読み、レポートを完成させ、筆記試験を受ける。レポートと試験の両方合格して単位がもらえます。科目によってはスクーリングとよばれる、京都の大学での授業に出席して試験合格しないといけないものあります。

スクーリングは全日制の学生が休みの日ゴールデンウィークや夏休みに行われます。

通信教育はどの科目から始めてもよく、また試験を受けるのもスクーリングを受けるのもすべて自分で申請し、費用は通帳引き落としです。試験に落ちたらまた申請してまた費用もかかります。

すべて手さぐり筆記試験は広島で行われ午前、午後とも2科目ずつ受けることができます。何を受けてもかまわないので隣の人のを覗き込んでもカンニング、意味はありません。ただひたすら出された問題に必死で書いていくだけです。マークシートではありません。初めての試験は1勝3敗。次は2勝2敗。3回目からようやく4勝できました。その当時、試験が終わると人相が変わるくらい血走っていたと思います。

スクーリングは楽しいものでした。

京都のホテルに何日か滞在して大学にバス通学。徐に友だちもできました。

学食は行ってみたいけど杖歩行ではセルフの食堂は無理なのでいつもコンビニ弁当にしていましたが

みんなで行きましょうと誘ってくださりPandaも学食経験できました。

あいだの一日がぽっかりと空いた時には部屋で勉強するよりも観光にでかけました。

また広島の友だちを呼んで京都めぐりの半日コースに申し込んで、宇治コース、嵐山コースなど定期観光バスを利用して京都の名所はだいたい回ったつもりです。おいしいものもたくさん味わいました。

1週間以上滞在するときはウィークリーマンションを借りて自炊していました。たまたま近くにスーパーがあったので京野菜を買ってみたりお店の人に調理法を教わったり

京都の夏の風物詩の川床にもスクーリング仲間と行きました。

夏には卒業生も参加できる日帰りバスツアーがありました。大原三千院と琵琶湖観光。

暑い盛りに三千院の坂道はきつかった〜琵琶湖周遊の船も暑かった〜

嵐山のトロッコ列車とあだし野。どちらも楽しい思い出です。

そして現場実習です。自分で実習先を見つけなければなりません。

幸いPandaの実家近くに障害者施設があり、知的障害者施設と重度身体障害者施設それぞれに2週間ずつ泊まり込んで実習させていただきました。

こうしてなんとか2年で無事卒業できました。

卒業式にも出席して厳かな式典に感動を覚えました。

あとは国家試験に向けてただただひたすら机に向かって過去問を解いたり

分からないところは情報交換をしたり

社会福祉士という資格に合格しましたが現実は厳しく運転免許がなくても相談業務だけでは就職先がありません。しかたなく次は精神保健福祉士に挑戦。これもたぶん、いやおそらく運転免許がといわれるだろうと思いつつ何もしないわけにはいかずまた京都の専門学校に入学し1年後に資格を取りました。

どちらの資格も活かせなくてなんとも悔しさが残りますが自分に向き合って頑張れたことが財産です。

いろんな出会いと経験が得られた濃い3年間でした。

大学の先生たちは口をそろえて通信の生徒は目の色が違う。と言われます。

なぜならほとんどが自分のお金で学び、職場でのスキルアップを目指しているから

そうです。多くの方は福祉関係の職場に勤めながら有給を利用して来ているわけですから、ボーっと

講義を聴いているわけではありません。

大学からは試験やスクーリングの日程は最初に配布されたスケジュール通りに行われます。見逃さないよう自分で申し込まないと何も始まりません。

北海道から来ている聴覚障がいの人、沖縄から来ている車いすの人など様な人の頑張りに触れることができました。資格を活かした仕事に就けなくても学んだことにより考え方に幅と奥行きができたように思います。

こんなことを言うとお叱りを受けるかもしれませんが、いわゆるブラック企業にしがみ付いて自分が壊れてはいけません。自分らしさを失わないよう生きてゆけることがたいせつではないでしょうか?いくつからでも新たなスタートが切れます。

大学病院の主治医の言葉がなかったらこんな経験は出来なかったと思います。

強さを引き出してくださったおかげです。

長と思い出を綴ってしまいました。

最後までお付き合いくださり感謝します。